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名古屋地方裁判所一宮支部 昭和52年(わ)81号 判決 1978年5月01日

主文

被告人を懲役一年二月に処する。

未決勾留日数中一〇〇日を、右刑に算入する。

訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四九年九月二五日、津地方裁判所四日市支部において、監禁罪により、懲役一年六月、四年間執行猶予、保護観察付の判決の言渡しを受け、同年一〇月一〇日、右裁判は確定したものであるが、さらに、いずれも法定の除外事由がないのに、

第一、昭和五二年五月七日ころの午後八時ころ、三重県桑名市大字大貝須四五〇番地、奈城こと厳貞明方玄関において、小林明博に対し、フエニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤粉末約〇・五グラムを譲り渡し、

第二、同年六月下旬、同県同市付近において、フエニルメチルアミノプロパンまたはその塩類を含有する覚せい剤若干量を、水に溶いて自己の腕部に注射し、もつて覚せい剤を使用し

たものである。

(証拠の標目)(省略)

被告人及び弁護人は、本件各犯行を全面的に否認する。ところで、当公判廷における証人小林明博の供述によれば、同人は被告人に恩誼を受けていたことはあつても、恨みを懐いているということはなく、やくざの世界から、足を洗つてかたぎになるために一切を供述したというのであつて、その供述態度、内容も、真摯で、卒直、明確であつて、被告人から覚せい剤を譲り受けたという供述は信用できるものである。もつとも右供述中には、犯行日時を昭和五二年五月八日とした証言、数量は記憶していない旨の証言があり、同人の昭和五二年七月八日付検察官に対する供述調書によれば、犯行の日時を同年五月七日夜八時ころ、〇・五グラム位の覚せい剤をもらつた旨の供述記載があつて、くい違いがあり、前の供述が犯行時に近接し、記憶が明瞭であつて、前の供述を信用すべき特別の情況があると認められるから、同調書は、刑訴法三二一条一項二号後段の書面として、全部について、証拠能力を有するというべきである。なお、弁護人は、司法巡査鈴木康弘作成の捜索差押調書(謄本)、司法警察員清野照男作成の昭和五二年五月一〇日付鑑定嘱託書(謄本)、同宮本忠男作成の身体検査調書、同森睦郎作成の領置調書、同清野照男作成の昭和五二年六月三〇日付鑑定嘱託書(謄本)に、刑訴法三二六条の同意をしなかつたのであるが、これらの書面は、単に物の押収、その物の鑑定嘱託、身体検査令状、鑑定処分許可状による尿の採取を記載した書面で、右事実については、特に信用すべき情況の下に作成されたことを疑うべき特段の事由のないかぎり、刑訴法三二三条三号の書面として、証拠能力を有すると解すべきであり、また、司法巡査鈴木武夫作成の各写真撮影報告書は、独立の証拠として利用される場合には、供述証拠ではないから、証明力については配慮を要するが、伝聞法則の適用を受けることがなく、証拠能力を有するというべきである。また、弁護人は、加藤始の上申書は、伝聞部分があり、証拠能力がないというが、本件上申書は、実質的に医師の診断の結果を記載したものであるから、鑑定書と異ならず、鑑定人に対する参考人の供述を資料とする書面も、刑訴法三二一条四項書面として、証拠能力が認められると解すべきであるから、右主張は理由がない。

以上のとおりであつて、前掲証拠を総合すれば、被告人が本件第一及び第二の犯行を実行したことが認められるのであつて、被告人が無実であるという当公判廷における供述、検察官及び司法警察員に対する各供述調書中の弁解は首尾一貫せず、不合理であつて、採ることができない。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、判示第二の公訴事実は、日時、場所、覚せい剤の数量の記載が具体的でなく、その記載自体から、訴因として具体的事実の記載がなされていないから、刑訴法二五六条三項の規定に違反しているから、公訴が棄却さるべきであると主張する。

そこで考えるに、刑訴法二五六条三項の趣旨は、裁判所に対し、審判の対象を限定するとともに、被告人に対し、防禦の範囲を示すことを目的とするものと解されるところ、犯行の日時、場所、数量は、これらの事項が犯罪を構成する要素になつている場合を除き、本来は罪となるべき事実そのものではなく、ただ訴因を特定する一手段として、できる限り具体的に表示すべきことを要請されているのであるから、犯罪の種類、性質等の如何により、それを詳らかにすることができない特殊事情がある場合には、前記法の目的を害さないかぎり、幅のある表示をしても、その一事をもつて、違法であるということはできないと解すべきところ、これを本件についてみれば、覚せい剤の自己使用のような事案は、使用者本人が事実を否認すれば、犯行の日時、場所等を詳細かつ具体的に確定することは、極めて困難なことであるから、右の特殊事情のある場合にあたり、たとい、覚せい剤の使用の日時、場所、数量等を、詳細かつ具体的に表示せず、幅のある表示をしても、審判の対象は明示されており、被告人の防禦の範囲も限定されていて、実質的な不利益を与えることもないから、本件公訴が、刑訴法二五六条三項に違反する無効なものとはいえない。

弁護人の右主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、覚せい剤取締法一七条三項、四一条の二、一項二号に、判示第二の所為は同法一九条、四一条の二、一項三号に、各該当し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条、一〇条により、犯情重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、その刑期範囲内で、被告人を懲役一年二月に処し、同法二一条により、未決勾留日数中一〇〇日を、右刑に算入し、訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文により、全部被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

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